1927

大島椿創業

温暖な気候に恵まれた伊豆大島。そこに自生する椿から採れる黄金の油を、広く世に紹介したのが創業者・岡田春一(しゅんいち)です。1900年(明治33年)、広島県三原に生まれ、政治家を志して上京。卒業論文を書くにあたり訪れた伊豆大島で、その雄大な自然と椿油を使う女性の髪の美しさに感動し、島の発展と椿油に一生を捧げる決意をします。

大正末期から伊豆大島産椿油を仕入れ、販売を開始。さらに椿油を伊豆大島の産業にしようとの想いから、1927年(昭和2年)には大島椿製油所を伊豆大島に設立し、「大島椿」の名称で椿油の販売を始めました。店舗での小売り、通信販売、雑誌社や学校の購買部での販売を手がける一方、小瓶で30銭ほどする高級な油だった椿油を購入できないお客様にも使っていただきたいと、訪問販売による量り売りも行いました。

1930年(昭和5年)頃には、厳しい検査を通過した一流品ばかりを扱う大手百貨店各社での取り扱いも開始しました。高まる需要に応えるため、現在の文京区にあたる東京市小石川区西古川町に東京工場を設立。一方、ろ過だけでは取り切れない不純物を取り除くための精製技術の重要性に早くから目を向け、工学博士・土屋知太郎氏を研究部長に迎えて椿油の研究に努めるなど、高品質の椿油を求め続けました。良質な大島椿の椿油は戦時中には軍納され、精密機器や機械の潤滑油として使われていました。

1945

全国PRの開始

戦後の混乱期には、伊豆大島の椿油と称した粗悪品が出まわりました。そこで、伊豆大島と椿油を宣伝するために、全国各地を訪問して商品をPRするキャラバン活動を展開。1950年(昭和25年)頃から約5年にわたって行われたこの活動では、大型バスを改造し、伊豆大島のアンコさんとともに日本全国津々浦々で大島の歌と踊りを披露して販売しました。テレビが無い時代に伊豆大島から来たアンコさんの歌と踊りは大変珍しく、1日1000本以上も売れることがあったそうです。

さらに、問屋を通じて全国で広く取り扱われるようになったのもこの頃。プロモーション活動の一環として、全国各地の問屋や小売店を招いて椿油を使った天ぷら会の開催や問屋の担当者を伊豆大島に招待して工場見学なども行っていました。こうした、製品の良さを理解してもらうための活動により、伊豆大島と大島椿は全国に知られていくこととなりました。

1970

営業強化と製品開発

1968年(昭和43年)、製造拠点となる大島椿本舗を、戦時中の疎開先だった東京都八王子市に新築します。1970年(昭和45年)には春一の息子・岡田昌啓(まさひろ)が港区に東京営業部を設立して営業を強化しました。更に1977年(昭和52年)には東京営業部を販売会社大島椿株式会社として独立させます。その後、札幌と名古屋、次いで神戸、仙台、福岡と各地に営業所を構え、販売活動の基盤づくりを行いました。

また、昌啓は製品開発にも力を入れます。1975年(昭和50年)にツバキ石けんを配合した「椿シャンプー」を発売。当時、主婦の悩みとなっていた手荒れや湿疹にもやさしい製品であったために人気を博し、スーパーマーケットや薬局などにも販路が広がりました。お客様の声に応えた製品開発は成功をおさめ、1985年(昭和60年)には皮膚科専門医の要望を受けて低刺激性スキンケアブランド「アトピコ」が誕生。今では当たり前となったスキンケアが、皮膚科で認識されるきっかけとなりました。

2001

「大島椿」
100万本製品への道

創業時からの「大島椿」は、他社の椿油製品が戦後に登場した新しいスタイリング剤に押されて衰退する中、創業時から販売されている「大島椿」は日本中に愛用者が広がっていたことにより、全国どの薬局にもある椿油の代表になります。ただ、何十年来の愛用者が多い一方で、若い愛用者は増えにくいのが悩みの種でした。そこで新しい愛用者を増やすために、時代に合った新しい使い方提案をはじめます。スタイリング用だと思われていた椿油を、頭皮ケアやリンス剤の代わりに、トリートメントとしてヘアケアに使う方法を紹介します。また若い女性へもアプローチしました。

1982年(昭和57年)には製品と一体化した立ち上げPOP付のパッケージを採用してPOP部分に若い女性の写真を入れましたが、当時そのような椿油製品は他になく、店頭でのアピール度が高いパッケージとして注目を浴びました。やがて1990年代後半のインターネット時代になると、カラーリングで髪が傷みがちな若い女性の間で「大島椿が髪にいい」というクチコミが広がります。これをきっかけに若いユーザーが一気に増えます。テレビや雑誌などでも取り上げられると、定番のヘアケアとして再認識されるようになりました。2001年(平成13年)には「大島椿」の出荷数は年間100万本を突破し、その後も売り上げを伸ばしました。

一方、「大島椿」以外の製品開発も進め、1990年代には「EXシリーズ」「カンピーノ」を、2000年代には椿油を手軽に使いやすくした「ヘアウォーター」「ヘアスプレー」「ヘアクリーム」を続々と発売しました。そして2010(平成22年)、株式会社大島椿本舗八王子みなみ野工場を新設し、生産体制を強化します。アウトバス、インバス、そしてスキンケアまで広がった椿油製品のラインナップを充実させ、No.1椿油メーカーとなりました。

2017

創業90周年

創業90周年を目前にした2015年(平成27年)、世界に通用する椿油を目指す3代目社長・岡田一郎は、イタリアのミラノ万博において、日本館の和食レストランに「椿の金ぷら油」を提案。採用され、人気を博しました。また、アジアや欧米への海外展開も積極的に拡充させています。

一方、創業の地である伊豆大島への原点回帰の活動も始めました。2013年伊豆大島を襲った大規模土砂災害をきっかけに、観光復興寄付金付き商品の販売や「伊豆大島椿まつり」にブース出店するなど、グループを挙げた観光協力の取り組みを開始。そして創業90年を迎えた2017年、その活動を本格化すべく、新たに「椿守カンパニー」というビジョンを掲げ、伊豆大島で椿の里山を再生させる「伊豆大島つばき座プロジェクト」を発足しました。

日本を代表する花である椿を愛で、椿と椿油から生まれる文化を守り、育て、後世に受け継いでいく―
伊豆大島から始まった大島椿グループの歴史は、さらなる発展を続けています。