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好きでないと続かない
常に変化と向き合う仕事

棋聖堂(碁盤・将棋盤制作) 三輪 京司(渓峯)さん

木を乾かすことから、はじまる

碁盤もそうですが、将棋盤作りでとても大切な工程のひとつに木材の乾燥があります。一本の木を仕入れたら製材屋さんで適当な大きさに切り出してもらうのですが、無駄なく材料を切り出そうとするとどうしても板目・柾目(まさめ)というものが出ます。木材の中心部を切り出すと柾目(まさめ)という直線的な木目が出ます。中心部を外れるとタケノコ型の山が重なったような板目という木目が出ます。木材は乾燥過程で板目に割れ目が入りやすいので、そこに割れ止めを事前に塗るのが一般的です。ですがこの木目の見極めが非常に難しいのです。

木材を見極め、板目だと思われる場所にしっかりと割れ止めを塗ったはずなのに、乾燥過程で木材が割れてしまうことが意外とあります。なぜかというと、どうやったって割れてしまう木というのがあるから。8年近く経っていざ使おうと見たら全部割れていた、ということさえあります。真っ青になりますよね(笑)。いい木を見極め最小限の割れ止めを使い、適度なスピードで木材を乾燥させられるというのも仕事のひとつですね。

受け継がれる将棋盤と出会う嬉しさ

木は生きているという話ですが、足付きの将棋盤ほどの厚みがあっても乾燥しきっていない状態で作られたものはねじれるものです。あんなに分厚く硬いものがねじれるというのは驚きますよね。戦後数年の間は恐らく、生乾きの木材を使ってでも作っていたのではないでしょうか。その頃に作られたものはねじれが多い印象があります。戦時中には木材そのものも作るための道具さえも全部焼けてしまったでしょう。それでも復興のためには急いで作って経済を回さなければという風潮があったと想像します。何年間もかけて木材が乾き切るのを待つことは難しかったのですね。

実は先日、文豪・菊池寛が所有されていた将棋盤の修理をお受けしました。戦後に作られたもので、盤がねじれていたんです。ねじれた部分を平らに削り、脚などの細部のゆがみも整えました。盤目を引き直した時に、その美しさにハッとしましたね。年輪が細かく入っている本榧(ほんかや)製で、もちろん色艶よく、線も真っ直ぐ通っている。これら全てが揃うことはなかなかないのですが、菊池寛の将棋盤はほぼ完璧に揃っていました。貴重なものだと思います。そのように大切に引き継がれる将棋盤というのもあるのです。

職人だからわかること

将棋盤職人の仕事は、裏側のへそと言われる部分、鑿(のみ)でたたき出される脚、すべて手鉋(てがんな)で仕上げられる天面・裏面・木端・木口の表面の美しさなど、あらゆる部分で見てとれますが、目盛作業はそれを代表するものかもしれません。将棋盤の面についている枡目を打つ仕事のことで、漆で引くのが一般的です。私たちは大阪の職人の流れを継いでいるので、刃物に漆をつけて引く太刀盛りと言われる方法で行います。

実は、目盛には筆盛りという方法もあります。その名の通り、筆で引きます。「これは筆で引いたのだろうな」と一目でわかるものもありますが、平井芳松という名手が引いたものは、筆盛りか太刀盛りか見分けがつかないほどの美しさです。いったいどう持ってどう引けば端から端まであんなに均一な線が筆で引けるのか不思議でなりません。平井芳松は目盛が有名ですが彼が作った将棋盤を研究すると、へそや脚も非常に美しい。それを見てよく勉強したものです。大昔は碁盤・将棋盤作りの仕事は、仏師が行っていました。ある時、運慶・快慶の末裔の方から「家の古文書のなかに碁盤の作り方が書いてあったので作ってみたけれど、盤目が引けないのでお願いします」と依頼を受けました。お預かりした時に、さすがに仏師だけあって、とてもきれいな脚を作るなと感じ入りましたね。

自然の中で、自然のものを使う。
コントロールできないから、研究する

刀に漆をつけて、それを盤にサッと当てることで線を引く。その力加減などもありますが、均等な線が引けるように漆を調合するのもまた難しい。10種ほどの漆と、前日にあえて残しておいた漆を、その日の湿度や気温に合わせて調合します。チューブから出したての漆だけではどうしても硬いのですね。硬いと美しい線が引けませんし、乾燥もしにくい。漆は上手に乾燥すると、透明で滑らかで艶があって、スーッと気持ちいい特有の美しさを備えます。美しい線を引き、美しく乾燥させるためには調合が肝心なのです。

今日は昨日と比べてぐっと気温が冷え込みましたが、そういう日は漆の調合が非常に難しくなります。漆の調合は長年記録を取りながら研究していますが、自然の影響を受けるものゆえの難しさがあります。その日の気候はどうで、どの漆をどれくらいの割合で調合して、翌日どんな乾き方になったのか。それをずっと繰り返し記録し見返すなどして、今でもより良い調合を模索しています。

子どもの頃から目にしていた大島椿

僕の家は、おじいさんも親父も、将棋盤作りをしていました。だから工房の景色は見慣れたものですね。工房で悪いことばかりして遊んでいました(笑)。道具で遊び、やってはいけないことをしては親父に怒られて。よく工房にいたので大島椿はその頃から目にするものでした。将棋の駒は駒屋さんが作ってくれるのですが、将棋盤と駒を合わせてお売りする際に、必ず大島椿をおつけしていますしね。椿油は駒の手入れに使うのに適しているから、とおじいさんの代からそうしていたのです。それだけでなく、刃物の手入れにも使うんですよ。将棋盤作りには鑿(のみ)や鉋(かんな)、太刀盛りの刀など大小様々な刃物を使います。大切な道具の手入れに使うものは香料など余計なものが入っていない、自然で安心なものがいいですよね。

好きじゃないと続かない仕事

生まれた時からこの環境で育ったから、大学を出て他の仕事に就こうとは思わず、自然と跡を継ぎました。今はそうでもないですが僕が勤め始めた頃は、職人気質の難しい人ばかりでしたね。手取り足取り教えてくれるなんてもちろんないし、「見て覚えろ」とさえ言ってくれません。夏の炎天下、材木場での作業なんて本当に暑いですし、風塵機を使うからエアコンだって基本的には使えない。体力的には厳しいと思います。だから本当に好きじゃないと続かない仕事だと思いますよ。この道に入って少しずつ作らせてもらえるようになった頃は、自分でできるとどんなことでも嬉しかったですし、いまだに作るたびに次はこうしたいという目標が生まれます。完全に満足する、ということはきっとないですね。いつでもよりきれいなものを目指して作り続けています。それでも時々いいなと思えるものができると、手放したくないと思うことも(笑)。自分は好きだな、この仕事が、と思いますね。

三輪 京司(渓峯)さん

棋聖堂 有限会社 三輪碁盤店
愛知県名古屋市西区花の木2-1-21
052-521-0805