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役柄と役者さん
両者の魅力が息づくかつら

床山 関 史さん

役柄の人となりを伝える髪型

歌舞伎を支える床山の仕事は、かつら屋さんからほどいた状態のかつらを受け取り、役柄に合わせて結い上げ、楽屋で役者さんの頭にかけ外しをすること。歌舞伎には立役(たちやく・男性の役)と女形(おんながた・女性の役)がありますが、私は女形専門の床山です。髪をただ結うのではなく、役者さん本人と演じる役、両方の魅力を際立たせることが求められます。
歌舞伎は、役ごとに髪型が決まっています。武家の奥方や最上位の遊女など格がある役は衣裳も立派なため、大きくハリのある髪型でかんざしなども豪華。一方で庶民の娘や女中など身分が高くない役は髪型も飾りも控えめです。さらに、武家の奥方という役でも、聡明で気が強い奥方なのか、優しく情が深い奥方なのかでは、前髪の立ち上げ方など細かな点を変えています。役の心情があらわになる時、その表情に髪型で一段と深みが出るように心を配ることが床山の醍醐味かもしれません。女形の髪型の種類は立役と比べると少ないのですが、細部へのこだわりの重要性は高いのではないでしょうか。25年やっていますが、とても面白い仕事だと思います。

役者の魅力を際立たせる細部

さらに床山の仕事は、役柄と同時に役者さん一人ひとりの個性を際立たせる仕事でもあります。同じ役(髪型)であっても、演じる役者さんによってかんざしの種類や色目が異なることはよくあること。お顔立ちも人それぞれですから、その方が舞台上のどこから見ても美しく見えるように整えることも重要です。前髪や「びん※1」から後頭部の「まげ※2」や「たぼ※3」まで、かつら全体のバランスが全身の立ち姿をより美しく魅せられているかなどは常に意識しますね。一方で、同じ役が複数人いるような舞台では、それぞれの役者さんの意向を尊重しながらも、全体を見渡した時にそれらの役者さんが同じ役に見えなければいけません。一人ひとりの髪型を仕上げる技術があることはもちろん、全体での見え方を想像した提案ができることも求められます。結ってかけるだけではない、奥深さがありますね。

※1 頭の左右側面の髪のこと。※2 後頭部の上の方に張りだした部分の髪のこと。※3 後頭部の下の方に張りだした部分の髪のこと

時代を超え、
髪も櫛も潤してきた椿油

かつらをお預かりして最初にするのが、椿油を使った整髪です。かつらは繰り返し使用しますし、人毛でできていることもあり預かってすぐは髪に癖がついています。さらりとした椿油をつけ、髪に潤いを与えながら櫛を通します。その後、熱したコテを使って癖を伸ばし、液体状やバーム状など粘度が異なる植物油を4種類ほど使い分けながら結っていきます。結う時は、歯の部分が全く同じように作られ対になっている二丁櫛など、数種類の櫛を使い分けます。常に同じ力加減で髪を引き上げ、和紙製の元結(もっとい)で束ねていきます。つげ櫛は乾燥していると髪に通した時に歯が欠けてしまうこともあるので、椿油に浸して櫛自体を潤わせることを日常的に行い、潤いのある状態を保ちます。
大島椿の椿油は私の祖母が愛用していて、私も、そして今は子どもの髪にも使っています。歌舞伎俳優の市村萬次郎さんから「古くから付き合いがあって愛用しているものだから」と大島椿を個人的にお裾分けいただいた時はとても嬉しかったですね。

まずはひたすら、一人前になるために

25年この世界にいますが、役者さんは本当に皆様優しく、性別に対する偏った考え方もほとんどありません。腕があるかどうかで床山を見てくださいます。入社当時は男性社会の名残があり「女性ではなく男性の方で」とお願いされる仕事もありました。今はそのようなことは全くなく、新人の比率を見ても男女半々くらいになっています。この流れはいいことだと思いますね。私自身を振り返ると、当初から「きちんと技術を学びさえすれば性別は関係なく受け入れていただけるはずだ、絶対負けない!」と考えていました。勝気でしたね(笑)。そしてチャンスが回ってきた時にきちんと結果を残すことができたのです。一度懐に入ってしまえば、男だから女だからということはありません。同じ舞台をつくる職人として対等に見てもらえます。「あなたに頼むわ、頼んでよかった」といっていただけると本当に嬉しいです。一人前になるまでに10年といわれる業界ですので、それまでは脇目をふらず、現場で必要とされる仕事ができる人になろうと腹を決めていました。10年経っていろいろと任せていただけるようになった頃にご縁があり結婚、その後出産して今に至ります。

時には、潔く手放すことも

実は、女性が床山を続けながら結婚・出産するというのは前例がありませんでした。それでも私は床山への想いが強く、毎日楽屋でかつらを掛け外しする劇場での勤務を手放しながらも、かつらを結う仕事は続けさせてもらっています。今でも役者さんから指名をいただくことがあるので、その時は夫と家庭のやりくりの相談をして必ずお引き受けしています。指名をいただいたり、役者さんの勉強会に床山として呼んでいただいたり、舞台稽古のお手伝いに上がった時などに「そろそろまた頼むよ」と声をかけていただいたり。そういった嬉しさを励みに、日々作業場でかつらを結い上げています。

今を楽しみながら、その日に向かう

結婚・出産で働き方の変化がありながらも、子どもが親の仕事を誇りに感じてくれている様子はとても嬉しいものです。今だけの楽しみと思い日々子どもの髪を結う時にも、本当に髪を結うことが好きだと実感します。今は、いただいた仕事は手を抜かずにこなし、少しずつでも受けた恩を会社に返せるようにしたいと思っています。そのために手を動かし続け、舞台を見続けることで勘所が鈍らないようにしています。舞台の演出や台本でかつらの使われ方も変わってきますし、役者さんの動きを観察したり、舞台裏の様子を想像したり。今できることを欠かさず、志高く床山という仕事を続けていきたいです。

関 史さん

日本の伝統芸能、歌舞伎の女形のかつらの床山として多くの舞台に携わる。江戸時代から続く日本髪を受け継いでいく希少な仕事の担い手であると同時に、二児の母でもある。

有限会社 光峯床山
〒104-0061 東京都中央区銀座3-11-11-701
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