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日々磨かれる繊細な感覚が
「天ぷら」を面白くする

横浜・関内 天七 五十嵐一志さん

ミシュランの星を取得したことでも知られる、天ぷら『天七』。
優れた料理人は鋭敏であることが、佇まいからも感じられる。

「今年でこの道37年目になるけれど、もちろん今でも毎日が修行だと思ってお店に立っています。最初のお店でカウンターに入らせてもらうまでに、食器洗いから始まり、食材の仕込み、ホール係とひと通り教えてもらって、3年はかかりました。揚げ方は目と舌で覚えましたね。先輩の横にくっついて、先輩が油に天だねを入れる瞬間から『揚がった』と言われる瞬間まで来る日も来る日もじっと見て。『揚がった』と言われたらすぐに取り出してお客様に提供します。これを繰り返すことで、感覚を身につけていきました。その後、高級店を含む3つのお店で修行させてもらって現在のお店にいますが、それぞれのお店ごとにいろいろな学びを得ました。そこから自分の衣が完成するまでには時間がかかりましたね。その日の気候によっても、卵と水に加える粉のバランスが微妙に変わってしまう繊細なものだからこそ、自分なりの美味しさを見つけて、あらゆる条件のもとで安定させられるようにならなければいけない。同じ衣を揚げて食べることを毎日続けていると、ごくわずかな変化にも敏感になります。今思えば、敏感であることは天ぷら職人として重要かもしれません」。

特別な日には、食用椿油【椿の金ぷら油】が用意される。

「天ぷら屋のこだわりは、やっぱり油。普段はゴマ油で揚げているけれど、お客様からのご希望に応じて、特別に椿油を使うこともあります。椿油は、ゴマ油と比べて熱に強く、熱の伝わりもいいんですよね。素材を引き立てる上品な美味しさが生まれるうえ、加熱しても豊富に含まれているオレイン酸などの栄養価が減少しにくいので健康面での魅力も。ただ、誰もが扱える油ではないですね。椿油のよさをきっちり生かせる腕があるかというと、限られてくると思います。

実は、揚げるのが一番難しいのは野菜です。素材によっても風味や香りが異なる上、同じ素材であっても、産地や収穫タイミングによって、原料としては差が出てくる。例えば、アスパラガスなんかは硬いから長めに揚げたほうがいい印象があるけれど、北海道産の旬のものには、生で食べられるほど柔らかいものがある。そんな違いを自分で食べて感じて考え、揚げる塩梅を都度変えていく。そういったことを肌感覚で掴めるようになるには、やはり10年はかかるでしょうね。すべての素材をどれだけ美味しくさせるかということに集中していくと、どんどん奥へ入り込んでいくのが天ぷらの世界。食材が揚がっていれば確かに天ぷらだけれど、そういう話じゃない。それでは面白くないですから」。

カウンターは舞台。そこから見つめる景色は、
一度として同じものはないという。

「先輩にかけてもらった言葉で今でも大切にしているのが、『ここ(カウンターの中)は舞台だから』というもの。自分が舞台に立っていると常に思っていないとだめだと。そうでないと、花は咲かないんじゃないかな。舞台からその日のお客様の好みや、食事や会話のスピード、漂う雰囲気や関係性などすべてを見極めながら、ひとつ、ひとつ、コースすべての天ぷらをベストな状態でお召し上がりいただけるように細心の注意を払って揚げています。魚には魚の、野菜には野菜の美味しさがあると思うんですよ。冬なら牡蠣、白子、蟹、根菜類。春になれば白魚、菜の花、山菜類。夏は鮎、キス、穴子、アワビ、サザエと広がる美味しさに限りがない。食材は、長い付き合いがあって深く信頼している業者さんから仕入れます。美味しいものしか仕入れていない自信があるから、僕は聞かれなければおすすめをお伝えすることはしないですね。その日最も美味しい天ぷらが何かは、お客様ご自身で感じていただけたら嬉しいです」。

五十嵐一志さん

カウンター越しに揚げの技を見られる「天七」の創業は、昭和40年(1965年)。飽くなき探究心で、旬の素材とその旨味を最大限に生かす製法を追求し、独自のこだわりを築き上げた創業者の意思を汲みながら、老舗のカウンターで日々、磨き続ける腕を振るう。

【 横浜・関内 天七 】 
〒231-0014 神奈川県横浜市中区常盤町5−57 竹内ビル 1階
TEL 045-681-3376 定休日なし