大島椿の歩み

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  • 昭和30年代以降の歩み

ダイツバキ印と椿

現在も変わらぬ
ダイツバキ印(マーク)と椿
写真は当時の印刷物

大島椿の商標と同時に誕生したのが、「大」と「椿」の文字を組み合わせたダイツバキ印(マーク)。
外側の二重丸に見える部分は、「大」の字がデザイン化されたもの。椿の花のデザインは、線画の椿から大胆な一輪の紅い椿になり、現在までどちらも変わらず使用しています。
戦前の主な販売先は、店で小売する他、雑誌社の購買部やデパートでした。当時のデパートで扱われる商品は、きびしい商品検査を通過した一流品ばかりでしたので、デパートに商品を納められることは大変なステイタスでした 。


当時の出来事

1932年
(昭和7年)

チャップリン来日
恐慌の影響で欠食児童が増加

1933年

(昭和8年)

東京市小石川区音羽町に移転(現在の文京区)
組織を株式会社大島椿製油所に改める
日本 国際連盟脱退
ヨーヨー大流行

1934年
(昭和9年)

忠犬ハチ公の銅像、渋谷駅前に建立

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